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熊本簡易裁判所 昭和36年(ハ)1151号 判決

原告 旭金融合資会社

被告 国

訴訟代理人 新盛東太郎 外一名

主文

被告は原告に対して三八、三二八円及びこれに対する昭和三六年一月一二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

原告は訴外古閑正に対する熊本地方法務局所属公証人岩下武揚作成第八五、〇〇四号公正証書による債権三八、三二八円の取立てのため右公正証書の執行力ある正本に基いて、右古閑が熊本郵政局を昭和三六年五月二五日退職し、被告より支給を受くべき退職手当債権九八、二五〇円中右債権額の差押及び取立命令を熊本地方裁判所に申請し、同年五月二四日差押命令を、同年一〇月一〇日取立命令を各得、右各命令正本は何れも右決定の翌日熊本郵政局長宛送達された。

そこで原告は被告に対して、しばしばその支払い方を請求するけれども応じないので、右金員及びこれに対する取立命令送達の翌日である昭和三六年一〇月一二日以降完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。と述べ、

被告の主張事実中本件退職手当金債権につき差押えが競合したため、被告において二四、五六三円を供託し、その旨を執行裁判所に届出たことは認めるがその余は争う。

仮に本件退職手当債権が民事訴訟法第六一八条第一五号に該当するとしても訴外古閑は右公正証書記載の債務を負担するにあたり、万一退職の場合は原告がその取立てのため退職手当の全額を差押えることを承諾したから、差押の効力がその四分の一に止まる筋合はない。と述べた、

立証〈省略〉

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁及び抗弁として、

原告主張事実中訴外古閑正が退職手当全額の差押えを承諾した事実を除くその余の事実はすべて認める。

しかしながら本件被差押債権は国家公務員等退職手当法に基く退職手当であるところ、そもそも退職手当は使用者たる国が退職者に対して過去の勤務の対価として支払うものであつて、その本質は俸給の後払いに外ならず、民事訴訟法第六一八条第一項第五号に該当するから同条第二項によりその四分の一しか差押えることはできず、したがつて右相当額二四、五六三円を超える一三、七六五円についての債権差押及び取立命令は何れも無効である。又右法条による差押制限は公益的理由に基くものであるから、当事者がこれと異る合意をすることは許されず、したがつて仮に訴外古閑が退職手当金の差押えを承諾したとしても右承諾の意思表示中右法意に反する部分は無効である。

而して退職手当債権については本件差押えの後、他の債権者の申請による差押えがなされ、差押えが競合することになつたので、被告は民事訴訟法第六二一条第一項により昭和三六年一二月二七日被差押債権である二四、五六三円を熊本地方法務局に供託し、その旨の事情届を執行裁判所に提出したので原告は右供託金中より配当を受くべく、何れにしても原告の本訴請求は失当である。と述べ、甲第一号証の成立を認めた。

理由

熊本地方裁判所が原告の申請により昭和三六年五月二四日訴外古閑正に対する熊本地方法務局所属公証人岩下武揚作成第八五、〇〇四号公正証書による三八、三二八円の債権の取立てのため、同公正証書の執行力ある正本に基き、右古閑が同年五月二五日熊本郵政局を退職し被告より支給を受ける九八、二五〇円の退職手当債権のうち右全額の差押命令を、同年一〇月一〇日取立命令を各発し、右命令正本は何れもその翌日熊本郵政局長宛送達されたことは当事者間に争いがない。

被告は国家公務員等退職手当法に基く退職手当である本件被差押債権は俸給の後払いの性格を有するから民事訴訟法第六一八条第一項第五号に該当し、その四分の一しか差押えることはできない旨主張するので考えると、国家公務員の俸給は職務の複雑、困難、責任の度合その他諸般の勤務条件を考慮した職階制的なものに基いて法律に定められる全額を毎月支給されるものであり、一方公務員が退職した場合にはその後の生活の保障のため退職手当とは別に国家公務員共済組合法に基く退職一時金並びに退職年金が支給されるものであるから、退職手当はその支給条件が法律によつて予め定められてはいるが、その性格はむしろ退職者の在職中の勤務に対する労報償的な性格のものと解するのが相当であつて、これが民事訴訟法第六一八条第一項第五号に該当するものとはいえず、被告の右主張は採用できない。

尚本件退職手当について他の差押えが競合したため被告において民事訴訟法第六二一条に基き二四、五六三円を供託し、その旨を執行裁判所に届出たことは当事者間に争いのないところであるが、右退職手当金の総額が九八、二五〇円であつたこと前記のとおりであつて、尚原告の本訴請求金額を上廻る残余が存するのであるから、右供託の事実をもつて本訴請求を拒否し得べき理由とすることはできず、被告は原告に対して三八、三二八円及びこれに対する本件取立命令正本送達の翌日である昭和三六年一〇月一二日以降完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金を支払う義務があり、原告のその余の主張につき判断するまでもなく、本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 諸江田鶴雄)

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